「OB-message 2018」立石実

聖隷浜松病院 心臓血管外科
熊本大学 医学部卒 1994年度奨学生(OB)
 長崎市の稲佐山の麓に生まれた幼い私は、昆虫が大好きで虫カゴに様々な昆虫を捕まえて飼っていました。両親からは「虫めづる姫君」と言われたほど。母親が理系の仕事をしていた影響もあって科学の本に惹かれ、今も刊行され続けている科学雑誌「Newton」は特に好きでした。
 中学では剣道部、高校は柔道部と、一般的な女子高生とはかけ離れた「女子力ゼロ」の中高生時代を送っていた私ですが、実は小さい頃からピアノが好きで、熱心にクラシックピアノを弾いていました。今も趣味として練習は続けています。聴く方は当時の流行りのポップやロックで、勉強も好きだけど、友達とカラオケに行くほうが好き、とにかく友達とワイワイして話をしているのが一番楽しかったように思います。また、生徒会や学園祭などでは率先してまとめ役を務めていました。

学生の時しか経験できないようなことをやろう!

 大学や進路を決めるにあたり、研究職や技術開発、コンピューター関連よりも「人と接する仕事」が自分には向いているかもしれない、と思い、医師を目指して熊本大学医学部に入学しました。

 その頃の私は「学生の時しか経験できないようなことをやろう!」と、いろんな国にバックパッカーとして旅をしていました。現地の人や旅先の安宿で出会った様々な国のバックパッカーと、それぞれの文化や価値観、世界情勢について議論した時に感じたことは、今でも私の思考に影響を与えています。
 また、‪JICAがケニアで行うHIVの啓蒙活動に参加したこともありました。現地のスタッフやボランティアと一緒に電気インフラが整備されていない村に行き、 HIVの予防についての映像を流すために発電機で映写機を動かしたり、当時はまだ抗HIV薬がなかったためコンドームを配ったりしました。

劇的ビフォーアフター

 医学部を卒業して専門(診療科)を決める際、学生実習で心臓血管外科に魅力を感じていた私は、その時にお世話になった先生に背中を押して頂いて、熊本から当時日本で一番手術数の多かった東京女子医科大学の心臓外科に入りました。「心臓外科医」というとドラマや映画で美男美女の役者さんが演じていて「カッコイイ」というイメージがあるかもしれませんが、当時は何日も家に帰らないことも多々あるような、世間の抱くイメージとはかけ離れた職場でした。手術時間は長く、患者さんの容態が悪くなれば夜中でも緊急手術をして、手術が終わっても具合が悪ければ、昼夜関係なく集中治療室の患者さんのベッドにつきっきりになり、椅子に座ったまま寝ることもあります。
 なぜこんなにハードな心臓外科を選んで、今でもやり続けたいと思っているのか?心臓外科の魅力って何だろう?と考えると、「何かを切り取る、取り除く」のではなく、心臓の壊れたところを再建するクリエイティビティ、手術中は一時的に心臓を止めてからその内部を治療し、手術が終わって再び血液が流れると、心臓は自然に動きだすという神秘、そしてダイナミックさが挙げられます。‪でも、一番の魅力は「劇的ビフォーアフター」です。‪手術の前は心臓が悪いために顔が青白かった子供が、手術をすると顔がパッと赤くなる、‪瀕死の状態だった人が手術をして元気になって退院する。‪どんなに大変な手術だったとしても、こういうことを目の当たりにすると、辛いことは全て吹っ飛びます。そしてそれは「また頑張ろう」という最大の原動力になるのです。

女性としての視点を組織に活かせるように

 タフな職場ですが、中高生時代にスポーツで鍛えた体力で乗り切り、その後は多少女子力を鍛えて、無事結婚し、一人の娘を授かりました。子育てをしながら心臓外科医を続けるのも試行錯誤の連続でしたが、たくさんの周りの方に助けてもらいながら今に至ります。男性の多い心臓外科では大変なこともありますが、患者さんからは「女の先生がいてくれてよかった」「女の先生のほうが話しやすい」と言って頂くこともあり、医師として女性の「強み」が活かせることがあると感じます。
 「ダイバシティー(=多様性)マネジメント」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、「多様な立場から多様な意見を取り入れて組織を活性化すること」という意味で、医師だけでなく医療職の中で女性の意見はとても重要です。外科系は依然男性が多いので、キャリアアップを目指そうとする女性は「男性化」して同化してしまいがちですが、私は女性としての視点を組織に活かせるように心がけています。

 私は研究者ではないので、新しい薬や新しい治療法を開発してたくさんの人を救うということはできず、自分の目の前の患者さんしか救うことしかできません。しかし、自分の知識と経験と、周りのスタッフとのコミュニケーションによるチーム力で、医学の限界をわずかでも越えて、今まで救えなかった患者を一人でも救えるようにしたい、というのが私のこれからの目標です。そして、わずかでもその限界を超えることで、少しでも医学の進歩につながれば、と思っています。

与えられたものをどう使いこなすか

 今、正に学生である皆さんに「重要なことは、人が何を持って生まれたかではなく、与えられたものをどう使いこなすかである」という言葉を贈りたいと思います。これは「嫌われる勇気」という本で広く一般にも有名になった心理学者アルフレッド・アドラーが述べている、私が最も賛する言葉です。いろいろなことに興味を持って、恐れずにいろんな経験を積んで、何のために学ぶのか、どんなことで社会の役に立てるのか、‬ということを社会人になってからも常に考え続けるのが大切だと思います。‬‬‬‬‬
  • 講演やイベント、後進の指導など多岐に亘って実にパワフル!

 立石さんは長崎県立長崎北高校を卒業後に熊本大学医学部へと進学、その後は東京女子医科大学病院の心臓血管外科へ入局され、心臓外科医として医療の最前線で奮闘する日々を送られています。発信する医師として精力的に活動し、臨床や学術集会に留まらず、講演や執筆活動も精力的に取り組まれており、医療総合サイト医心で「ママドクターの未来予想図 〜笑顔のある医療を目指して〜」を医師としてだけでは無く働く女性・母親の見地で不定期連載。また、YouTubeチャンネル「Living With Heart 〜みんなの生き方〜」にて先天性心疾患についての啓蒙プロジェクトを遂行中。

関連:
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ママドクターの未来予想図 〜笑顔のある医療を目指して〜 - 医心 QLifePro

Living With Heart 〜みんなの生き方〜
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