「My reports 2018」匿名エッセイ

神戸大学大学院 人文学研究科 博士後期課程 1年 文化構造専攻英米文学専修

私が文学研究で目指すこと

 私は2016年度より神戸大学大学院の博士課程にて北米日系人の英語文学を研究している。長崎の離島に生まれ育ち、外地との接触が限られた環境の中で本は私の想像や知見の及ばぬ遠いどこまででもいざなってくれた。振り返ってみれば、幼い頃より読書を好み、本と親しみながら生きてきながらも、それを研究対象とすることになろうとは思っていなかった。学部時代は英語学科に属して英語能力を磨きつつ、アメリカの公民権運動時代の社会文化や文学に親しんだ。それをきっかけとし、マイノリティ作家たちの文学を通して抑圧されてきた者たちの声を聴くことの深さや大切さを覚えたことが、現在の研究に繋がっているといえるだろう。

 昨今、日本のみならず、世界的規模で実学への傾倒に反比例し、人文学軽視が顕著になりつつあるという。時代の風潮に逆行しているとも言われかねない文学研究を、それでも私が続けていく意義はどこにあるのだろうか。東日本大震災以降、人々はいともたやすく日常を奪われかねないという恐怖を突きつけられる様になった。その不安に拍車をかけられた若者は、安定した職業や技術を身につけるべく、理科系や社会科学系へと流れ、今日それは「文学部の危機」と揶揄されるまでに至っている。しかし本当に文学は、実学とかけ離れた時代錯誤の学問なのだろうか。
 小説家の島田雅彦は、次のような言葉を残した。「文学は個々人が生き延びるための知恵の集積であると同時に人類の愚かさの研究であると信じている。その意味で文学は紛れもなく実学である。知を支えている。」これは上にも述べたとおり、昨今の大学教育が利益中心主義に走りすぎていることへの批判であるが、私もこの考えに賛同する。人文学系の学生数は、それでも全体のおよそ半数を占めているものの、進学率の向上や大学数の乱立と相成って、その内情が必ずしも純粋な文学研究のみではないのが実情だろう。

 上の島田の言葉にある愚かさの研究について、私自身の研究と交えて考えてみたい。私が主として研究対象としているのは、英米文学の中でも、特に北米日系人たちの文学(19世紀の終わり頃から北米大陸で新たな生活を志して海を渡った日本人とその子孫たちの著す文学)である。第二次世界大戦時、アメリカやカナダの日系人たちは居住国の国籍を有しながらも、偏見と人種差別の追い風を受けた政治的弾圧により、強制収容所に収監された。彼らは財産を奪われ、土地を追われた。コミュニティは分断され家族、そして個人までが身体的、精神的に破壊された。このような体験をした日系人たちの創作は、彼らの舐めた辛酸に満ち、それは一部の人間の「愚かさ」を記憶に留め、本来は消し去りたいような過去を記憶しようとする努力である。過ちを繰り返さず、平和と和解を生み出そうとしているのだ。
 一読者である、一端の文学研究者として、私ができることは果たして何か。それは作者たちの思いを汲み取り、人々への理解を広めることであろう。私が学部時代及び博士前期課程に学んだ日系カナダ人作家ジョイ・コガワの小説『Obasan』(1981)の冒頭は次のように始まる。「語ることのできない沈黙がある。語ろうとしない沈黙がある。」日系人の悲惨な体験を詩的な文章で綴ったこの作品は、同国での教科書として採用されるほどの地位を得ている。その背後には80年代の日系人の賠償運動に本作が拍車をかけ、結果として日系カナダ人一人あたり2万1千ドルの支払いを勝ち取った経緯がある。このように文学作品が個人だけでなく、社会に訴えかけ、変革をもたらすことはありうるのだ。

 近年の国内の情勢不安、また諸外国の脅威の中で、一般的に人々の実生活に貢献し難いとされる文学は、ともすれば周縁化され関心を集めにくくなるだろう。けれども私は文学こそが個々人の内なる感性に語りかけ、心の根底にある部分を語らせると思う。語り難いほどの沈黙を聞き取り、伝えてゆくこと、それが文学を学ぶ私ができることだ。私は卒業後に研究職を志しているが、そのような文学の潜在性、可能性を探りつつ、人々にも伝えてゆけることができたらと願っている。
 本奨学生は福岡大学 人文学部英語学科を卒業後、神戸大学大学院 人文学研究科にて英米文学を研究中。主に北米日系人文学をテーマに据えられており、故郷と敵対する国で生きる日系人達の姿を、筆者自身のルーツである長崎の地に育まれた宗教観や平和主義的な視点を交えて、修士論文を英語で書き上げ、現在は同大学院博士課程後期課程に進まれました。いずれは高等教育機関で教育・研究に携わろうと博士号の取得を目標に、日夜執筆活動に腐心されています。
 掲載しているエッセイは、筆者が本年度奨学生への応募時に提出された文章に加筆修正したものです。文学から得る理、その叡智を生かし社会に紡いでいくという、自らが学問へ取り組む姿勢と意義を真摯に示しています。

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