「Story」vol.13 松崎賢士郎

筑波大学 体育専門学群2年 剣道部
2017年度奨学生
「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」
 全日本剣道連盟が示す剣道理念だ。後には「剣道を正しく真剣に学び、心身を練磨して、旺盛なる気力を養い、剣道の特性を通じ、礼節をとうとび、信義を重んじ、誠を尽くして、常に自己の修養に努め、以って、国家社会を愛し、広く人類の平和繁栄に寄与せんとするものである。」と修錬の心構えが続く。
 筑波大学剣道部2年生の松崎賢士郎に会って、剣士達が代を重ね追及してきた人間形成の片影を窺い知ることができた。

憧れが目標に変わったのは

 小学校1年生から始めた剣道の魅力を「相手との駆け引き」と言う松崎は「一人ひとりの相手によって攻め方も違うし、こちらの攻め方も変えていく。試合ごとに駆け引きが違うのが面白い」と語る。
「剣道が実生活に通じる部分はたくさんあるので、剣道をやっていて良かったなとはいつも思っています。駆け引きとは相手との読み合いであり、相手の考えていることを読み、先を予測する力、相手を分析する力など実生活でも剣道が役立っている部分は多いです。剣道を通して、努力を続ける大切さも学びました」
 
 松崎は将来、教職に就いて剣道の指導者になるという、明確な目標に向かって歩を進めている。島原高校を卒業後に筑波大学へと進学し、現在は直近7年(2011-2017)の全日本学生剣道優勝大会で頂点に輝くこと4度、強勢を誇る筑波大学剣道部で更なる修練を重ねる身だ。
「小学校高学年のときに、剣道をやっている父親から筑波が日本一の大学と聞かされて、憧れを抱きました。憧れが目標に変わったのは中学校3年生のとき、香田先生(香田郡秀教士八段・筑波大学剣道部部長)が長崎に来てくださり、指導を受けたときです」
 折しも長崎国体を翌年に控えた時期で、国体のアドバイザーも務めていた香田教士八段が、長崎の学生たちを丁寧に指導してくれたそうだ。
「小・中学生の私は道場に通う傍ら、父親からも指導を受けていて、攻めや溜めという剣道における理合的な考えを教わりました。この教えを長く大事にしていきたいと思っていた矢先に、香田先生は理合を意識して指導してくださいました。その時、筑波大学で香田先生に師事したいと思ったのです」

感謝の気持ちを忘れずに剣道に励んでいきたい

 国体で3連覇、個人としても高校2年生のときに全国3位という輝かしい実績を誇る松崎であっても、大学剣道の壁にぶち当たった。選手層の厚い筑波大学ならばなおさらだろう。
「若輩とはいえ選抜メンバーに入ることを目標にしていましたが、甘い世界でないことを痛感させられました。大きく悔いの残る年でした」と大学1年目を振り返る。
「大学の雰囲気に呑まれてしまった部分もあり、勝手も分からない中で頑張ってはいたつもりでした。ですが、結果に結びついていないのは、まだまだ足りなかったと反省しています。ここまで来られたのは自分一人の力ではなく、多くの方々に支えられていることを実感しましたし、感謝の気持ちを忘れずに剣道に励んでいきたいです」
 記録だけを見れば、松崎は剣道競技のエリート街道を歩んできたと言ってよいだろう。しかし、多くの喜びの裏に、いくつもの無念な思いを抱えてきたのだと述懐する。
 国体ではチームを3連覇に導いたが、それ以外での主要大会では準優勝が多く、同じ九州の強豪校である九州学院の壁に何度も泣かされた。
「小学生時代は全国レベルでは全然勝てなかったですし、中学では初めての全国大会で2位にはなれましたが、日本一には届かなかった。高校時代は充実していましたが、(落とした試合で)勝ちたかったという気持ちは尚更強かったです。ずっと悔しさは感じてきましたし、すごく苦しくて悩んだ時期もありました」

自分がやってきたことに関しては自信を持てる

 これまで優勝まであと一歩のところまで上り詰め、最後に泣いてきた。その雪辱を掃おうと自らのレベルを高めるべく、厳しい稽古に励んでいる。
「悔しさを晴らすために練習で努力を続けてきました。自分の場合は高校最後の国体で勝つことで結果を出せましたが、もし結果が出なかったとしても自分がやってきたことに関しては自信を持てるし、胸を張って生きていける。努力をしたからと言って、必ずしも結果として報われることはないかもしれないけど、人生の中では必ずプラスになるはずです」
 高3の10月に出場した3度目の国体剣道少年男子の部では決勝で熊本と対戦。長崎は島原高、対する熊本はそのライバルである九州学院高の選手が主体で、両チームの熱は尋常ではなかっただろう。激闘に次ぐ激闘の末にもつれ込んだ大将戦は松崎が自らの竹刀で勝負を決め、長崎に三連覇となる優勝をもたらした。並のアスリートでなくとも、それまでの努力と研鑽、積み重ねの日々が報われ満足してしまうであろう結果であることは想像に難しくないが、松崎は手放しでは喜ばない。
「(国体の前に)優勝だけを目標に臨んだインターハイでは結果を出せずに終わり、自分がこれまでやってきたことは間違っているのかと自問自答する毎日でした。気持ちを切り替えて臨んだ国体での3連覇は自分の努力が報われた大会でしたが、全てが晴れたわけではありません。それまでにずっと負けてきた悔しさは残っています」

日本最高峰の大会で少しでも上を

 松崎はこれまで口惜しさをバネに成長してきた。この1年で新たに味わった無念さを糧に「もっともっと努力して、今年こそは選抜メンバーに入る」と臥薪嘗胆、決意を口にする。
「この1年間を振り返って、今の自分に何が足りないのかを自分自身で分析しました。そこを補うことで、2年生は飛躍の年にしたい。筑波での生活の流れも把握できたので、もっと計画的に効率よく自分を追い込んでいきます。チームとしては、全日本(学生剣道優勝大会)での優勝が目標なので、メンバー入りして優勝に貢献したい。個人的には今年から全日本剣道選手権大会への出場資格(20歳以上)を得たので、日本最高峰の大会で少しでも上を目指したい」
 剣道を競技スポーツとしての側面から見れば、対戦相手からの勝利が至上目標であるのはサッカーや野球と変わらない。同様に競技者であることを許される期間は、例外はあれどいずれ終わりを迎える。
 しかし視点を武道に移してみると、いずれ勝負はあくまでその時々の結果となり、剣道を通じ生涯をかけて人を想い心を残す人間形成の道に寄り添い歩き、模倣子の継承が主題になるのだろう。
「相手を攻め崩して、理合の理に適った剣道で勝ちたいです。今は相手に打たせないディフェンス型の剣道をしていますが、これからはもっと攻撃力を向上させるべく、日々取り組んでいくつもりです」と理想の剣を語る若者は、どんな剣道家になるのか。
 
 当面は自らが追い求める剣を追求していくと共に、1年生では叶えることのできなかった選抜メンバー入りを果たし、その剣で筑波大学の日本一に貢献するべく研鑽を重ねる日々を送る。

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