「OB-message 2018」岡宏憲

住友電気工業株式会社 移動体エレクトロニクス営業部 市場開発グループ 主査
茶道史研究家 茶の湯文化学会幹事・茶書研究会研究調整幹事
九州大学大学院 人文科学府 歴史空間論専攻 修了
2000年度奨学生(OB)
 私は2007年4月、総合電線メーカーの住友電気工業株式会社(以下、住友電工)に入社し、幅広い事業分野の中でも電化製品などの内部に使用される細小な電線・ケーブル、「電子ワイヤー製品」の営業として、現在は中部支社(名古屋)に勤務しています。
 電子ワイヤー製品の販売先は家電メーカーや車載機器メーカーです。学生さんや一般の方には馴染みの薄いB to Bの営業のため、仕事のイメージが湧きにくいと思いますが、お客様であるメーカーへの新製品提案や、住友電工社内の研究部門・工場との調整といった仕事を行っています。
 例えば、以前ある家電メーカーを担当していた時、家電メーカーの技術設計者が新商品の開発で性能が良い配線材が無く困っていたことがありました。そこでその困り事を聞いた私が、住友電工としても新製品であるハイスペックな電線を提案し、無事に採用して頂くことに成功しました。
 カッコよく言えばシーズとニーズを繋げる仕事でしょうか。といいつつも、実はやっていることは泥臭く、通常2ヶ月で納品する当社製品を、家電メーカーの新発売に間に合わせるため3週間で欲しいとの要望を受け、工場など社内関係者を必死に説得して、何とか調整して納入することができました。このように大変なことも多いですが、お客様に満足して頂いて、その新商品が店頭に並んでいるのを見ると、メーカーの営業として働いて良かったと感じます。
 この他にも、街中を走っている車の部品や、家の中の電化製品など、身の回りにはたくさんの住友電工の電子ワイヤー製品が使われています。こうした社会に役立つ仕事をしたいと考え、就職活動で住友電工を志望しました。現在、希望が叶ってその仕事に従事できていることはとても幸せです。
  • 学会発表
 さて、実は私には茶道史研究家というもう一つ別の顔があります。一般的に研究者というと大学や博物館などの教育・研究機関に勤務していますが、私は民間企業に勤めながら研究活動も並行して行うといった、かなり珍しい人種です。
 専門は近世茶道史で、江戸時代を中心とした茶の湯の歴史について研究しています。在学していた九州大学文学部・九州大学大学院人文科学府では、日本史学研究室に所属し日本近世史を専攻しました。卒業論文や修士論文のテーマは自身で設定するため、もともと習っていた茶道に関連することを調べたいと考え、近世茶道史というジャンルを選びました。その研究を住友電工入社後も継続しています。

 具体的に「研究」とは、学会で発表したり、論文を学術誌に投稿することです。現在は茶の湯文化学会と茶書研究会という二つの学会・研究会に所属し、それぞれで幹事を務めています。日本近世史は古文書(崩し字)を読んで、翻刻して、それをデータとして新しい論を展開する必要があります。仕事以外の時間で全国の博物館や図書館に調査に行って、写真におさめた古文書を翻刻し、論文を書くのは大変な作業ですが、小学生の時から好きな日本史と、高校生から茶道部に入って学んだ茶道の研究ですので、楽しんで取り組んでいます。  大学時代は立花宗茂という戦国大名の茶の湯について研究しました。立花宗茂とは江戸時代初期に柳川藩(福岡県柳川市)を治めた武将です。立花家の邸宅は、現在も「御花」という料亭旅館として残っています。勇猛果敢な武将として知られる立花宗茂ですが、実は文化的な側面も持っていて、茶の湯にも精通していたことを卒業論文に書きました。こうした研究には、関連する書籍を購入したり、古文書の調査を行ったりと、色々と費用がかかります。大学在学中に松園尚己記念財団より給付して頂いた奨学金のおかげで、安心して研究できたことに大変感謝しています。
 またありがたいことに、この立花宗茂の茶の湯について、京都の宮帯出版社からお声をかけて頂き、2018年1月に『宮帯茶人ブックレット 立花宗茂』が刊行されました。2017年は立花宗茂の生誕450年の年でした。今でこそゲームなどの影響で有名となった立花宗茂ですが、今後更に全国的に知られて、ゆくゆくは大河ドラマの主人公になってほしいと願っています。
 一見、メーカーの営業と茶の湯の研究者は全く違うものと見られますが、私の中ではそれぞれが両輪としてうまく機能しています。
 営業という仕事はただ製品を売るだけでなく、実はマーケティングや企画も自ら行い、戦略の立案、利益計画なども担います。そこには、研究で培った調査の手法や、熟考しロジックを組み立てる姿勢が大いに活きてきます。
 一方の研究においては、ビジネスに求められるスピード感やアウトプットに引っ張られ、近年は論文投稿や学会発表のペース・数も増えてきました。
 つまり双方は直接的には関係ないですが、相乗効果が生まれて、私という人間を成長させてくれていると実感しています。
 また両者の根底には「社会に役立つ」というキーワードがあります。今後も電線の営業を通じて人々の生活を豊かにし、茶の湯研究を通じて茶道文化の発展に貢献していきたいと思います。
 さいごに、振り返ると大学の四年間は人生の中でもとても貴重な時間でした。さまざまな情報をインプットするという点で、社会人になるとまとまった時間を確保することは難しいです。月並みかもしれませんが、たくさんの本を読んで、友人と談義し、たまにはアルバイトもして社会経験を積むなど、有意義に過ごしてください。みなさまのご活躍を祈念しています。
  • 小さな息子さんと

 岡さんは県立西高校時代より茶道を嗜まれ、九州大学在学中には表千家茶道部の初代部長を務められました。卒業論文においては著作「宮帯茶人ブックレット 立花宗茂」の基礎を築き同大学院へと進学。学業を修められてからも企業人と茶道史研究者という双面で活躍するという稀有な器です。茶道は日本文化に強い影響を与え、知らず知らずのうちに私たちの生活にも受け継がれているものです。確固たる意志を持ち常に真摯に事に対峙し、一期一会の人生を愉しむ心を見事に融合されている姿には、岡さんが悠久の茶道史に学ばれた和の精神が生かされています。


-岡宏憲 主な研究実績-
学術論文
2007年5月 「柳川藩主立花宗茂の茶の湯」
  『茶の湯文化学』十三号
2014年5月 「江戸期における「茶道役」について」
  『茶の湯文化学』二十一号
2014年6月 「鳥取藩茶道役と林家」
  『茶書研究』第三号

学会発表
2005年5月 「大名と茶師-柳川藩立花家の事例」
  茶の湯文化学会 大会
2009年6月 「「茶道役」の基礎的研究」
  茶の湯文化学会 大会
2017年6月 「岡田茂吉と近代茶道」
  茶の湯文化学会 大会

ページの先頭へ戻る