「Story」vol.7 渡邉千真

横浜F・マリノス - FC東京 - ヴィッセル神戸
元サッカー日本代表
早稲田大学卒 2005年度奨学生(OB)
 大学サッカー界で「天才」や「怪物」と呼ばれ、Jリーグの新人最多得点記録を塗り替えたストライカーが、30歳の今、自身最高のプレーでチームを牽引している。
 「これまで20代で培ってきたこと、経験してきたことを活かしていますし、フィジカル面でも伸びていると思うので、まだまだ成長していると感じています」

 ルーキーイヤーに華々しい活躍を見せてJリーグ新人王に輝いた渡邉千真(わたなべ・かずま)。しかし、プロサッカーの世界ではままあることだが、どんなに優秀な選手であろうとチームの戦術にマッチしないプレーヤーはその活躍の場を外に見つけるか、いずれ訪れるであろうチャンスに備えて虎視眈々と爪を磨き続ける他ない。横浜F・マリノス~FC東京時代の渡邉の記録を見ると、年毎に好不調を繰り返す「波のある選手」という声を否定できないが、ヴィッセル神戸移籍後は安定して高いパフォーマンスを発揮し続け、過去の評価を完全に覆してしまった。

 今やプレーヤーとして熟成期を迎えた渡邉に、そのキャリアを経て掴んだ「成長を続けるコツ」を聞いてみた。

サッカーで苦しんだり失敗したことはサッカーでしか取り返せない

 「プロ1年目はずっと試合にも出させて頂いて、結果も残すこともでき、凄く充実した1年目を過ごせて良いスタートが切れたのですが、その後は試合に出られなかったり、結果も残せなかったりでした。前年結果が残せたから、次の年もいけるだろうと思うのですが、実際はそう簡単にはいかなく、1年1年違うものだと痛感させられました。良いシーズンもあれば、苦しんだシーズンもあったので、そのときそのときに苦しんだ時期があったからこそ、次に良い時期が来ると信じてここまでやってきました。調子の良さがずっと続く選手はいませんし、誰でも壁に当たる時期がありますが、それでもめげずに頑張れば、必ず良い時期が来ると信じてプレーしてきました」
 サッカーに限らず、人生を歩んでいれば、どこかで壁にぶつかるものだ。そこで壁を乗り越えて成長していく人間と、壁の前に座り込んで歩みを止めてしまうタイプの2種類に分けられるが、渡邉は紛れもなき前者だ。
 「サッカーで壁にぶつかって上手くいかないときは、サッカー以外でリフレッシュして気持ちを切り替えるようにするのですが、結局はサッカーで苦しんだり失敗したことはサッカーでしか取り返せないんですよね(苦笑)。どこかに出掛けてリラックスした気分になっていても、本当の意味では問題が解決されていない。やはり逃げずにやるしかないし、周りの人は相談に乗ってくれても、最後は自分で奮い立たしてやるしかない。壁にぶつかったとき、若いときはとにかくガムシャラに一生懸命練習しましたが、今は一旦引いて、自分を見直して、人のせいにするのではなく自分が悪いのだから、自分の悪いところを見直して修正するようにしています。あとは気持ちの面が一番大きいと思うので、下を向いてネガティブにならないように気をつけます。解決法が分かったら楽なのですが、自分もいろいろと経験してきましたが、今でもすぐに解決できる訳でもないので、今季も開幕からずっと点を取れずに苦しんだ部分もあります。難しいとは思いますが、冷静になって見直すのは大事ですね」

自分が点を取ってチームも勝つのがベスト

 2015年に神戸へ移籍した渡邉は、移籍初年度、そして昨季と2年続けてリーグ戦で二桁ゴールを記録して、ゴールゲッターぶりを発揮。しかし、今季は開幕から10試合続けてノーゴールと点が取れずに苦しんでいた。調子が悪い訳ではなく、たまたま結果が出ないだけだが、ストライカーの評価はゴール数の大小が基準となってしまいがちだ。
 「周りは内容ではなく結果を重視して、数字を見て判断する。選手側から見れば、結果が大事なのは分かるし、数字の大切さも理解できますが、サッカーは得点以外のプレーでチームに貢献することも多く、いろんな要素を加味して欲しいとも思い、もどかしい部分もあります。自分は結果と内容の両方で評価されるように意識しながらプレーしています」
 サッカーは個人競技ではなく、チームスポーツなので、最も大切のはチームの勝利。しかし、プロ選手である以上は個人のパフォーマンスと数字も要求され、その辺りのバランスは難しい。いくらゴールを量産しても、チームの勝利に繋がるプレーができなければ、良い選手との評価は得られない。
 「自分が点を取ってチームも勝つのがベストで、それ以上に嬉しいことはないです。若いときはとにかく自分が点を取れば良いと思っていましたけど、今はキャプテンという立場もあり、チームのことをまず考えてプレーするようになりましたし、チームの勝利を最優先にプレーするようになりました。正直なところ、自分のパフォーマンスが良かったり、点を取れば、自分の中である程度は満足しているところはありますが、チームが勝たないと手放しで喜べません。神戸に来て、(プロチームの)キャプテンをやるようになり、周りを見渡せるようになったことで、自分だけ良ければという考えが変わりました」



 ストライカーは強い自我を持たないと相手の厳しいマークを掻い潜って、チームメートから託されたボールをゴールに叩き込めない。フィールド内外での強い信頼関係が確立されているからこそ、チームメートは渡邉にボールを繋ごうと必死になってプレーする。幼少時代からゴールに対して天性の才能を誇っていた渡邉はピッチに出ればエゴイスティックにゴールを目指してプレーするが、普段は仲間への気配りを忘れない良きチームメートでもあるのだ。古豪の国見高校、早稲田大学、そしてプロと全てのレベルでキャプテンに任命されてきたという事実が、彼の人間性を物語っている。
 「もともと自分がキャプテンの資質を持っているとは思いませんし、ガンガン声を出してチームをまとめるタイプでもありません。自分ではキャプテンとして上手くできているのかなと思いますけど、キャプテンとしての責任とか自覚は受け止めています。監督やチームメートからキャプテンに任命されるのは信頼されているからだと思いますし、資質とか自分の行動を見てもらってのことなのかもしれませんね。試合に勝つための雰囲気作りとチームメートへの声掛けは大切にしています」
 「あまり肩書きとかは意識したことないんですが」という渡邉も「キャプテンは重いっすよ」と本音を漏らす。
 「やはり周りが見る目が変わってくるし、キャプテンとしてきちんとしないといけないと気持ちも引き締められます」
 2016シーズン2ndステージに優勝争いを経験したことで、「一致団結してタイトル獲得」と明言して臨んだ2017シーズンは、開幕から4連勝、6試合を終えた時点で5勝と「良いスタートを切れた」が、その後は3連敗と勢いが止まってしまった。
 「長いシーズン、良いときもあれば悪いときもあるのですが、悪いときに早く修正しなければいけないところを修正できずにズルズル悪い流れを引きずってしまった。そういうときに自分が何ができるかを考え、まずは自分のプレーをしっかりしないといけないと反省しました。周りのことよりも、自分のことでいっぱいになり、本当に自分がしっかりしないといけないと思わされましたね。優勝できる力は持っているチームだと思っていますので、ここからまた上っていきたいです」
 第11節の鹿島アントラーズ戦で今季初ゴールを挙げて勝利に貢献すると、第12節のFC東京戦でも値千金の同点ゴールを決めて黒星を逃れる。続く第13節のセレッソ大阪戦でも3試合連続となるゴールでネットを揺らして、ここに来て得点量産体制に入り、それに合わせるかのようにチームの調子も上がってきている。*2017年5月取材時

まずは目の前の小さな目標をクリアできるように

 1986年生まれの渡邉は昨年、齢30を迎えている。ベテランの域に足を踏み入れてなお成長を続けられているのは、「(国見)高校時代にたくさん走ったり、厳しいトレーニングを積んできたのが、今も生きていると思います」と長崎時代を振り返る。
 「国見での中高合わせて6年間、あのときの練習量は尋常ではなかったですが、それを乗り越えられたのは心身両面で大きく鍛えられました。メンタルは大きく鍛えられましたね。今思うと、あの若さでなんであの練習に耐えられたのかが不思議ですが(笑)、当時はそれが当たり前としか思いませんでした。どんなに辛い練習であっても、慣れてくるとそれが普通になるんですよね。それに選手権やインターハイで優勝するという明確な目標があったのも大きいですね。目標がはっきり定まっていると、そのために頑張れますから。自分だけきつい訳ではなく、周りの仲間たちも同じようにきついので、皆で乗り越えていけばそこに強い絆も生まれてきます。国見ではとにかくたくさん走らされましたが、他のチームよりも走った分だけ強くなったと信じています」
 自身の経験から今の学生たちに対して、「若いときは何をやりたいとか、自分がこうなりたいと言うのをまだ見つけられない時期だと思うんですが、まずは目の前のこと...勉強でもスポーツでも一生懸命にやることが大事だと思うし、目の前に小さな目標を立てて、その目標を増やしていけば、自然と大きな目標も見えてきて、そこに辿りつけますので、まずは目の前の小さな目標をクリアできるように頑張ってもらいたい」とアドバイスを送る。
 国見中学、高校では基礎体力とメンタルを鍛えられた渡邉は、早稲田大学では「考える力」が養われたと明かす。
 「大学の4年間でプロになるために必要なこと、自分が得意とする部分と苦手とする部分など、たくさん考えながら練習をして、プレーしました。あとは早稲田に進学したことでできた人の繋がりも大切なものになりました。いろいろなOBの方がいて、そのような方々と繋がれたのは今後の人生にとっても大きな武器となるはずです。この時期に出会った方たちからは大きな刺激を受けました」
 そんな経験から得た教訓は「失敗を恐れない」こと。
 「毎回毎回成功して、毎回良いことは絶対にあり得ないのですから、失敗して当たり前ですし、どんどん失敗していいと思うんです。『失敗は成功の元』というように、失敗することで学んで、成長していき、成功に繋げていけばいいんです。失敗して転んでも、立ち上がって歩み続ければ、どんどん前に進んでいけます。失敗するにはなんらかの理由がある訳ですし、その理由を突き詰めて解明していけば、次は同じ失敗を避けられて、成功を掴めるはずです。そうやって、失敗をしながらも、少しずつ成長していければ良いと思っています」
 「ヴィッセル神戸でタイトルを取りたいですし、シーズン二桁ゴールも続けていきたい。そして、同じ年の選手が日本代表で活躍している姿を見ていると刺激になるし、自分もあの舞台に戻ってみせる」と日本代表への返り咲きを目標に掲げる。渡邉はこれからも重ねた失敗を成長の糧に、積極的にゴールを狙い続けていく。

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