北の大地でプロ人生第2章を歩んで行く 日本サッカー界のトップに君臨するJリーグ。サッカー少年であれば誰もが憧れを抱く華やかな世界だが、その中では熾烈な生存争いが行われている。 Jリーグでは毎年100人近い新人選手がデビューを飾るが、その裏ではほぼ同じ数の選手がピッチから去っていく。平均在籍年数が3年、平均引退年齢が26歳というデータが示す通り、憧れのJリーガーになってもそこで活躍を続けられる選手たちはほんの一握りでしかない。 長崎県出身の兵藤慎剛(ひょうどう・しんごう)は、今年でJリーグ10年目を迎える。早稲田大学を卒業後、横浜F・マリノスで9年間プレー。大学を卒業した選手で、30代に入っても中心選手として活躍を続ける選手は多くはない。
「1年目から試合に出させてもらっていて、恵まれた環境にいたと感謝しています。(マリノスには)ベテラン選手も多く、身体のケアの仕方やトレーニング方法を直接、自分の目で見られたのが刺激となり、それをどうやって自分に還元していくのかが大事だと思います。上があれだけ頑張っていれば、自分もまだまだやらないといけないという気持ちにさせてくれますし、自分ももっともっと長くやって若い選手たちの刺激になりたい」 今年からは慣れ親しんだマリノスを離れ、新天地として北の大地でプロ人生第2章を歩んで行く。 2016年に経営体制を変えたマリノスは選手総年俸削減を求めて、兵藤や中村俊輔など長年チームを支えてきた生え抜きのベテラン選手を放出。 攻撃型ミッドフィ―ルダーとしてトップ下で豊富な運動量と高い技術を兼ね備える兵藤は、サイドやボランチなどMFなどどこでもこなせる器用な点を高く評価してくれたコンサドーレ移籍を決意した。J1通算268試合を経験した兵藤は、5年振りにJ1復帰を果たしたコンサドーレの新しいリーダーとしての役割を期待される。 J1では通算32得点の兵藤の貢献度を数字で表すのは難しい。スペシャリストが多かったマリノスの中で、兵藤は試合展開によってチームが最も必要とする役割を担える多様さが売りだ。それは兵藤が常に考えながらプレーしているから。先の展開を読みながら、その時々に求められているプレーを瞬時に判断する。
『ピッチの中では常に同じ気持ちでいろ』 「2016年はプロ9年目で、正直、これまでで一番精神的にきつかったシーズンで、試合になかなか出られない時期があったり、1年を通して自分が思っていたようには進まなかった。我慢の1年でした」 そんなときに指揮官を批判したり、腐った態度を見せたりする選手も少くないが、兵藤は辛い時期をじっと耐え抜いた。 「根本にあるのはサッカーが好きという気持ち。そこがブレてしまうと、今までやってきたことが全部無駄になってしまう。試合に出られなくても、腐らずに何でも続けていくことが大事だと思っている」 Jリーグでつらい時期を経験した兵藤を支えたのは、早稲田大学時代に指導を受けた恩師の言葉だった。 「早稲田の監督から言われた言葉が『ピッチの中では常に同じ気持ちでいろ』。人間ならば気持ちの上下があるけど、グラウンドに入ったら常にサッカーのことだけを考えて、練習を続けることが上達への近道だと教えられました。当たり前のことだけどそれをするのは難しい。この言葉が心の中に残っていて、ピッチの中で手を抜くのは簡単だと思うんですけど、一回それをやってしまうと癖になったり、いざというときに自分の弱さが出てしまうと思う。そこだけはブレずにやりたいなと思って、多少の波はあったと思いますけど、1年間我慢できたのは、昔からの指導者や今も周りで支えてくれる方のおかげ」 長崎の国見高校では、高校三冠を達成。高校卒業後にはプロ入りの選択肢もあったが、早稲田大学進学の道を選んだ。大学での経験が、プロとなってからも支えとなっている。 「大学での4年間は社会に出るための準備期間であり、大人になるための準備期間です。高校まではサッカーしかしてこなかったメンバーとつるむことが多かったのですが、大学では勉強で入ってきた人や他のスポーツのトップクラスの選手など色んな人たちと出会え、物事を色んな角度から見る人がいる中で、自分の価値観の狭さに気付かされました。そういうことを学べそうだなと思って、大学進学を選びました」
大学での4年間はサッカー面でも人格育成の面でも兵藤を大きく成長させた。高校まではサッカー漬けの人生を歩んできたが、大学で多くの人と接することで兵藤の視野は大きく広がった。 「サッカーではフィジカル面ですね。高校を卒業して、すぐにプロの人たちと当たると、確実にフィジカルが足りない。僕は身体も小さいので(身長172センチ、体重68キロ)、大学の4年間でしっかりと準備ができた。社会人としては、1つのことに対して1つの目線でしか見れていなかったのが、同期には問題点に関して話すときに違う方向から見ている奴が多く、新たな視点をいくつも発見しました。1つのことに対して、答えが1つでないことが世の中には多く、1人の意見では分からなくても、2、3人集まれば真実が見えてくる。色んな角度から物事を客観的に俯瞰できるようになったのは成長できた部分だと思います」 大学での4年間で「身長も伸びて欲しかった」と言うが、背は大きくならなかった。身長は伸びなかったが、考えながらプレーする力は大きく伸びた。 「身体が小さい分、他の選手たちよりも考えるようにしています。例えば、足が少し遅いのであれば、人より先に動き出せばカバーできます。相手との駆け引きでは、相手の動きや考えていることを読むことで勝つようにします。サッカーはボールを持っていない時間の方が圧倒的に多いので、ボールを持っていない時間で相手よりも有利な場所にいると、身体的には負けていてもスタートの段階ですでに勝っています。団体スポーツの中で、それぞれの個性があり、身体能力が高い人だけでなく、頭を使う選手にも活躍する場があるのがサッカーです。自分ができるのは頭を使ったり、技術を使ってのプレーなので、身体が小さいのであれば、身体を当てられないプレーをすればいいんです」
大学で養われた「考える力」はサッカーだけでなく、社会人としても大きく役立っている。 「大学は刺激だらけと言うか、専門的にやっていることばかりだと頭も凝り固まってきますが、受験で入ってきた奴らの考えは今まで自分が考えたこともなかったような発想ですごく衝撃でした。人が話していることを聞きながら、その人の考えを感じ取る能力も磨かれました。理解力も高まったので、サッカーでも監督の言いたいことをより深く理解できるようになりました。大学のときに多くの人と出会えたのは、大きな財産です。スポーツだけしていると、バカと思われがちですが、自分の中でそういうのは良しとしたくないので、サッカーやっていても一般常識はあるし、社会に出ても恥ずかしくない人間になりたかったので、大学で勉強もできたのはすごくプラスになりました」
「今、大学生活を振り返ってみると、『環境が人を変える』という言葉は本当だと感じますね。」 早稲田大学で充実した大学生活を過ごした兵藤は、大学進学を前にする高校生たちにこんな熱いメッセージを贈ってくれた。 「熱中できるものがなにか1つあると良い。興味があるものにのめり込める人は恵まれていると思います。高校生のときにそれを持てたら、大学でさらに開拓していけます。それを開拓するために最善の場所はどこかを自分で調べたり、学校の先生に聞いたりしながら考えて、進学先を選ぶのは大切ですね。高校生のときに熱中できるものがなくても、大学はそれを探す場でもあります。少しでもレベルの高い大学を目指して、自分の周りにできる友達から刺激を受けるのもすごく良いと思います。志望する大学よりもう1ランク上の大学を目指すと、さらにプラスの面が大きい。今までいた世界がどんなに狭かったかに気づき、新しいことに対しての好奇心も出てくるはずです。自分の場合はサッカーで大学に入り、受験勉強で入ったのではないのですが、早稲田大学という日本でも有数の大学に入れて、レベルの高い大学にはレベルの高い人たちが集まってきて、より自分を引き上げてくれた。そんな環境で、やりたいことを見つけるのもありだと思いますね。自分が高校のときは思わなかったんですけど(笑)、今、大学生活を振り返ってみると、『環境が人を変える』という言葉は本当だと感じますね。なんでそんなに上の大学を目指すんだろう?とおもっている高校生は多いと思うんですよ。自分もそうでしたし。大人の言葉に素直に従えない時期でもありますしね。でも、大学生活で得るものは大きいですし、このために高いレベルの大学を目指したんだなと分かるときが後で来るんですよ。勉強は大変だと思いますけど、やはり自分の未来を明るくできるのは自分しかいないので、ちょっとでも良い大学に入って刺激を受けてもらいたいですね」 そして、大学生に対しては「自分が将来どうなりたいかの『像』を明確に持つことがとても大事で、それになるためにはと逆算して考えて欲しいです。それになりたいならば、今の自分は何をしないといけないのかを考えて、足りないものを補っていって欲しい。なりたい自分を明確に持って、そこに向かっていくために長期的な目標と短期的な目標を作って、それを1つずつクリアしていくのが一番の近道なのかなと思います。それをするのは簡単ではないですが、まずはなりたい自分が明確にないと、漠然とし過ぎていて、なにから手を付けていいのかも分からなくなってしまうと思います。どこかで躓くこともありますが、そんなときは周りの友達が助けてくれたり、意外な場所からヒントが出てきたりして乗り越えられて、さらに強くなれるはずです」と自身の体験から得た夢を叶える秘訣をシェアしてくれた。
「1年1年、1日1日、サッカーをうまくなりたい。」 「1年1年、1日1日、サッカーをうまくなりたい。Jリーグが誕生した当初は30歳過ぎたら引退が普通でしたが、今は食事面や身体のケア、医療の進歩などで選手寿命が伸びているので、J1で1年でも長くサッカーを続けていきたい」と語る兵藤は、「あと何年、現役選手としてプレーできるかを考え、サッカー選手として、後悔のない終わり方をするためにはどうすればよいかを悩み抜き、最終的に移籍を決断致しました。正解はないですし、この判断を正解にできるかどうかは自分次第だとも思います」と新規加入するコンサドーレでのさらなる飛躍を誓う。 そんな兵藤のアドバイスを参考にすれば高校生活、大学生活を充実させることができ、各自が選んだフィールドで兵藤のように息の長い活躍ができるはずだ。
Other Report 「Story」vol.17 花尾恭輔駒澤大学 経済学部商学科 3年 陸上競技部2020年度奨学生「My graduation 2020 #2」奨学生(2020年3月卒業)からのメッセージ「My graduation 2020 #1」奨学生(2020年3月卒業)からのメッセージ