「Story」vol.2 前田土芽

筑波大学 体育専門学群2年 ラグビー部
2015年度奨学生

意識を高く持ち続けてやっていけば、いつか評価される。

 3歳からラグビーを始めて、海星高校時代には高校日本代表にも選抜。2016年春に行われたアジアラグビーチャンピオンシップでフル代表に抜擢され、日本代表初キャップを手にした前田土芽(まえだ・どが)は、幼少時からラグビー界のエリート街道を歩んできた。
 
 そんなラグビーのエリートが、ラグビー人生初めての壁にぶつかっている。
 「ラグビーを始めてから、ずっと試合にも出続けてきましたし、調子が悪くても使われてきましたが、ここはレベルの高い大学なので、調子が悪ければ試合に出られないのは仕方ないと思っています」
2年目となる筑波大学ではシーズン序盤こそ先発起用されていたが、シーズン中盤からは控えに回され、途中出場する試合が増えている。調子を落としている原因はコミュニケーション不足。そこを改善するために、前田は積極的にチームメートと時間を共有することで、お互いの理解を深めようとしている。練習中はもちろんのこと、グランドの外でもチームメートと一緒に時間を過ごしているそうだ。
 「ラグビーの練習内外でコミュニケーションを取るように心掛けています。先輩ともしっかり話をする機会も増やしていますが、もっともっと増やしていきたい。遠慮なくできる環境が大切だと思うので、先輩後輩に関係なく意見交換できるような環境を作れるように、グランドの外から意識して関係作りを強めています。試合中に遠慮なく指示を出せるようにするためには、日頃からの関係が大切だと思っています」
 目の前に立ちはだかる壁を乗り越えた者だけが、アスリートとして一段上のレベルに到達できる。これまで順風満帆なラグビー人生を歩んできた前田にとって、筑波大学で直面した壁は飛躍するチャンスの壁でもある。

ワールドカップでの代表入りを目標に

 ラグビーの精神を表す有名な言葉として「One for all, All for one」というものがある。「ミスター・ラグビー」の異名を与えられた平尾誠二氏はこの言葉を「一人はみんなのために、みんなは勝利のために」と唱えられた。この精神に根底にあるのはチームワークであり、チームワークを形成するためにはチームメート間での阿吽の呼吸が必要不可欠である。
 日本代表などの選抜チームに入ると、普段は対戦相手として戦っている選手たちとチームメートになり、どれだけ短期間でコミュニケーションを築けるかが問われてくる。
 「常に一緒にいる訳ではないので、各選手がどのような特徴を持っているのかを掴むのには時間がかかります。周りをしっかりと見るようにしてからは、困らないようにはなりました。代表では普段一緒にいない分、皆が集まったときにはミーティングも多く、集中してやるので結束力も高まります」
 高校日本代表、フル代表での経験を持つ前田は、即席チームでもすぐに結果を出してきた。代表ではすぐにチームメートとの関係を築けてきたのに、なぜ筑波大学では苦労しているのだろうか?
 「代表に入ったことで、周りから特別な目で見られるようになり、期待の目が高くなったことがプレッシャーになってしまいました。そういう部分で苦しんでいます」
 2019年に日本で開催されるワールドカップでの代表入りを目標に掲げる前田は、これからもっと多くの期待を受ける選手になるはずで、この程度のプレッシャーに押し潰される訳にはいかない。代表で築いた絆をうまく使って、プレッシャーを跳ね除けてきた先輩から教えを受け、前田も彼らの後に続こうともがいている。
 「選手間だけでなく、コーチなどのチームスタッフと強い関係を作ることで、自分のプレーの良いところを伸ばしてもらったり、改善点を見つけて直してもらったりする。彼らとのコミュニケーションの必要さを先輩方から指摘してもらいました」
 もともとコミュニケーション能力は高い前田は、「人見知りではありませんし、誰とでもすぐに仲良くなれる方だと思います。そこは自分の持ち味の一つですね」とチーム内に溶け込むのは得意分野としている。そんな彼が意識的にチームメートとの関係を深めようとしているだけに、チーム内での信頼と出場機会を取り戻すのは時間の問題でしかないはずだ。

フル代表に入って、キャップの重みを実感しました。

 2016年春に日本代表に選ばれたことで、前田は2019年ワールドカップでの代表入りを強く意識するようになった。
 16年3月にフィジーでの国際大会にジュニア日本代表として選出された前田は、そこで確かな存在感を示したのがフル代表入りに繋がった。
 ラグビー選手ならば誰もが憧れるフル代表に入って感じたのはキャップの重みだと言う。
 「フル代表に入って、キャップの重みを実感しました。これまでにキャップを取ってきた選手との差を感じました。周りからは大学生を入れることでキャップの価値が落ちるとの声もあったみたいで、それが悔しくって、そんな声を封じ込めたいと一生懸命にプレーしました。そのときにキャップの重みを感じて、高校日本代表とかジュニア代表との違いを感じました」
 「キャップの重み」。その重さは経験した人間にしか分からない。では、前田にとって、キャップの重みはどのくらい重かったのだろうか?
 「日本でラグビーをプレーしている全員の代表なので、その全員分の気持ちと期待を背負っている感じですかね。恥ずかしいプレーは絶対に許されないとのプレッシャーは重かったですけど、実際には言葉では言い表せないような重みでした」
 大学2年生で代表に入ったことにより、前田は多大なプレッシャーを背負うことになったが、それ以上に大きな財産を手にした。
 「トップリーグの選手たちと一緒にやって、自分が通用する部分、通用しない部分をしっかりと身体で感じられたのは大きいですね。両足で蹴れるキック、身体をうまく使いながら前に出るアタックは、自分の得意な部分ですし、小さい頃からの積み重ねがあるので評価していただきました。課題はディフェンスで、海外の選手を相手にしたときに、速さや強さが違って、懐に入れなかったりすることがあるので、そこは先輩たちを見習って強化していければ、プレーの幅も広がってくるはずです。世界を相手にしても、コンタクトの面でもそこそこ身体は張れましたし、前にも出る力も見せられたと思うので、自信にはなりました」
 身長179センチ、体重88キロの前田は、海外の選手と比べると一回りどころか二回り以上も小さい。身体と身体がぶつかり合うフィジカルなスポーツであるラグビーだが、身体のサイズだけが全てではない。テクニックやスピード、頭脳でフィジカル的なハンディをカバーすることもできる。世界のレベルを身体で感じた前田は、筋力アップの必要性を痛感させられたとも言う。
 「ラグビーはコンタクトスポーツなので、ケガを含めて身体が大きい方が有利です。もっともっと筋力をアップしていくために、ウエイトトレーニングは継続していきます。それに伴ってスピードが遅くなることがないように、スピードを維持したまま筋力をアップして身体を大きくできるようにと注意しています」
 日本開催のワールドカップでプレーしたいと明言することで、前田は目指している場所を明らかにして、そこまでの道のりを再確認する。
 「目標はワールドカップ……欲を言えば、日本開催の2019年のワールドカップに出たいです。これまでは漠然として目標だったのですが、国を代表して戦っている選手たちの中に入って、身近に感じました。自分のポジションであるセンターは(日本代表でも)外国人選手が多いので、ライバルとなる外国人選手に負けたくないですし、負けないようにプレーしていきたいです。パワーをうまく否していきながら、テクニックやスキルを磨いて勝負していける選手になりたいです。コンタクトを恐れるのではなく、まずは気持ちでは絶対に負けません」
 2019年には23歳となる前田。ラグビー選手としては脂の乗り切る年齢であり、順調に成長していけば、その夢は手に届く場所にある。

学習面での目標は教員免許取得なので、そこに向かって、勉強面もおろそかにはできません。

 前田にとって、筑波大学はラグビー選手として大きく成長させてくれる場であると同時に、人間的にも成長を遂げる場でもある。
 「他の大学と違って、筑波大はラグビー部専用の寮がないので、ラグビーだけでなく、生活面でも自立が求められます。入学前に思った良い環境で、ラグビーのレベルも高いですし、生活面も充実しています。今後の人生において、良い方向に向かっていると感じますし、人間として成長できているかなと思います」
 学業のレベルも高いが、「授業には絶対しっかり出て、勉強をして、テストでも良い点を取る。学習面での目標は教員免許取得なので、そこに向かって、勉強面もおろそかにはできません。今のところは両立できているので、卒業まで継続していきたいです」と勉強にも力を入れる。
 ラグビーの代表に選ばれたことで、海外遠征もあり、他の学生のように授業だけに専念できる環境ではない。そんな難しい状況にあっても、空き時間を見つけては勉強の時間も確保する。
 「出席できないときはレポート提出などで対処して頂き、遠征先でレポートを仕上げました。こう言った経験は、自分のためになっていると感じますね。時間の使い方に工夫しています。ラグビーのときはしっかりラグビーをプレーして、ミーティングのときはそれに集中する。休憩時間にレポートや課題をして、メリハリをつけて生活しています」
 長崎を出て、親元を離れての大学生活を通して前田は心身両面で大きく成長している。ラグビー指導者である父親から英才教育を受け、前田は「父の教えは全て」と語る。父親と一緒に築き上げてきた土台の上に新たな選手像を作ることができれば、父と息子の合作となるハイブリッドなラグビー選手になれる。今、壁に直面しているのは、新しい一面を作るための産みの苦しみなのだろう。
 目標に定めた2019年ラグビー・ワールドカップ日本代表の座に向かって、前田土芽は一歩一歩着実に前へ進んでいる。

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